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いま九州を代表するエリア 奥日向神


 

新原孝喜


                   

『岩と雪』156号(1993-2)より筆者の許可を得て転載



 日向神におけるフリールートの開拓は、勇気のいるものであった。ルートは何本もあるが、それはロングルートばかりで璧も大きく、そこに20mそこそこのフリールートを拓くことはこの日向神では何かいけないことのように思えた。すでに九州でもフリー全盛の時代ではあったが、ここ日向神ではアルパイン志向のクライマーも多数活動していた。ただ、ルート開拓をしているチームは少なく、既存のルートをトレーニング代わりに登っているだけだった。
 そういった中でひとつのボルトラダーのフリー化を試みた。1989年1月3日、日向神で最初に拓かれたという中央ルートの1ピッチ目をフリー化した「昭和」5・11aである。このルートは日向神の壁にすばらしい可能性が秘められていることを教えてくれた。その後フリールートの開拓を中心に活動を始めた。エリアの開拓、ルートの開拓と毎週日向神に通ってルート数も七十数本に達し、九州でも有数のフリーエリアヘと変身した。まだまだエリアの開拓、ルートの開拓と課題は尽きることはないが、最近県外からのクライマーも多く、ルートがよく分からないという声を開く。またルート数も内容も充実してきたので、ここに『岩と雪』の誌面を借りて発表したいと思う。
 福岡県八女郡矢部村と黒木町にまたがる奥日向神渓谷は県南部に位置し、熊本県境まではすぐの所である。そのため熊本からのクライマーも多い。私の住んでいる福岡市より熊本からのほうが近いのである。岩質は安山岩で、大きな一枚岩である。この一枚岩(高差100~200m)が谷を挟んで連立しており、迫力ある渓谷を形成している。この岩峰にロングルートがいくつも拓かれている(ほとんどがボルト連打の人工ルート)。数年前までは日向神といえば「人工ルートの岩場」といわれるほど人工ルートが多く、5~7ピッチのルートをあちこちで登っているパーティをよく見かけた。しかし最近ではロングルートを登るクライマーはめったに見ることはない。代わってカラフルなタイツやメンパン姿のフリークライマーが岩峰基部あたりでウロウロチョロチョロしている。確かにこの大きな壁の下のほうだけを登っているというのは何か不自然な感じがしないでもないが・・・。とにかく観光客の期待だけは確実に裏切っていることだろう(?)。
 これまでに正面岩に六つのエリア、そのほかに五つのエリアを開拓し、現在に至っている。主にスラブ状フェイスのルートが中心であり、今流行の前傾のルートは6~7本程度と少ない。前傾の壁はけっこうあるのだけれど、極端にホールドが細かくかつ乏しく、現在のわれわれの力では悔しいけれど登れない。今後力をつけて登りたいものだ。なお、トレーニングエリアは、昨年の台風でアプローチおよび取付のテラスが崩壊し、現在登っていない。今後アプローチ等の整備を行い登れるようにしたいと思っている。

愛のエリア
 日向神でいちばん新しいエリア。ルート数も多く、グレイドも5・9~5・13a/bまで幅広くあり、ビギナーからエキスパートまで楽しめるだろう。開拓は91年の正月から始め、現在もまだ数本のプロジェクトにトライ中である。このエリアは、91年のあの台風の副産物と言ったら地主さんに怒られるかもしれないけれど、われわれクライマーにとつては願ったりかなったりだったのである。随分前からこの岩場は知っていたのだが、樹木が多くて薄暗かったので、開拓は「エレキバン」を除いてやめていた。しかしあの台風19号のおかげで・・・いやあのいまいましい19号で樹木はなぎ倒され、あるいは中折れしてエリア内が随分と明るくなり、その後倒木などの整備(伐採かな?)を行い現在に至っている。また、このエリア開拓で忘れてはならないのが野下善秋(27歳)さんのFSCCへの加入だろう、彼の加入でこのエリアはできたと言っても過言ではない。いやはや彼の開拓魂には脱帽である。とてもルートにならない苔むした璧が、いつの間にか立派な璧に変身するのです。それも掃除は雨の日、全身苔だらけ、泥だらけ。最近「ルートは誰のものか」といった議論があったが、彼の姿を見たら何も言うことはない。

湖畔のエリア
 このエリアは木本忠氏により開拓された日向神では珍しい前傾壁(約100度)である。ルートは3本と寂しいがいずれも5・12クラスでなかなか難しい。ただ、取付が狭いので注意が必要。また、「ワイルドシンク」は立木より終了点に15mほどスラブを懸垂し、さらに終了点より取付まで懸垂で降りる。なお、アプローチは奥壁エリアよりさらに進み、左に折れて尾根に出る。尾根から踏み跡が下っているので、立木につかまりながら注意して降りれば取付に出る。

奥壁エリア
 正面山石のいちばん奥に位置するエリア。壁は垂直であるが上部に小ハングがあるため、弱い雨ぐらいだったら登れる。グレードも5・8~5・12+まであり、ビギナーからエキスパートまで楽しめる。

サマータイムエリア
 エリア名で分かるように夏がいい。木漏れ日の中でのクライミングは楽しい。壁は85度程度だが面白いルートが多い。そして忘れてならないのが、木本氏開拓の「セッティングオン」5・12C。このルートこそ私を、いやわれわれを「12」のレベルへ一気に押し上げたのである。ルートによってクライマーのレベルが上がる。それをこのルートは証明してみせた。

コンペエリア
 1989年10月、コンペ会場としたエリアで、明るくて日当たりがいいので、秋から冬がいい。ルートは6本だが、面白いのがそろっている。壁の傾斜はないが、ポケット・ホールドを使ったムーヴなど面白い。

バーカーエリア
 初級者のエリアと言ったほうがいいかもしれない。壁はスラブで簡単なルートが多いが、特に「スーパーヒーロー」の1ピッチ目は40mと長いが面白い。またこのエリアはロングルートが集中しているので、もしこれらを登っているパーティーがいたら、上部からの落石が考えられるので止めたほうがいい。

バルコニーエリア
 Bクラスのコンペに使ったエリアで、いずれも5・10の後半と手ごろで面白い。しかしリードする場合、けつこうランナウトするので緊張する。取付はノーハンドで歩けるスラブだが、アンカーは取っておいたほうがいいだろう。

バルコニーIIエリア
 秋から春がいい。西日が遅くまで差しているので、冬でも天気がよければ暖かい。ルートは5本だが、一日中遊んでも飽きないだろう。またこのエリアはポケット・ホールドが多く、「テラノ」は下から上まで穴ボコの連続するラインである。ポケット・ホールドの好きな方は楽しめると思う。

トレーニングエリア
 コンペ用に整備したエリアで、100~110度ぐらいの前傾壁になっている。人工ホールドを設置したルートが2本、ナチユラルラインが1本(5・12aで、いずれも初登者なし)。ただし台風19号で大テラスが崩壊し、またアプローチもズタズタに壊れ、現在は登っていない。しかし5・13クラスの可能性のラインもあるので、アプローチ、テラスの整備を行い、登れるようにしたいと思う。

リバーサイドエリア
 このエリアは、木本氏が早くから開拓したもので、ボルダーエリアといっていいだろう。2本のリードラインと4本のTRプロプレムが設定されている。現在登ってないので苔が付いている。特に終了点付近はひどく、スリングなどは腐っていると思われる。新しいものと交換して登ってほしい。

注意事項
 正面岩の各エリアにはわれわれが付けた踏み跡(クライマー道)を歩いで行くのだが、最近正面岩基部一帯に檜の苗が植えられ、クライマー道にも点々と植えられている。そこで絶対にその苗を踏んだり折ったりしないよう特に気をっけてもらいたい。農家の人がいちばん嫌うことです。
 次に、キャンプする場合は、基本的には私有地ばかりなので、キャンプ場を利用することになる。また道路下の駐車場もキャンプはできるが、事前に連絡すること。お金を出したくなければ、川辺の平らなところを利用すればいい。ゴミは当然持って帰ること、エリアでの焚き火は厳禁。たばこ・蚊取り線香の火の後始末は確実に。各エリアとも大きな岩壁の基部にあります、上部からの自然落石がありうると考えて下さい。(今まで見たことはないが)
*キャンプ場利用は矢部村商工会に連絡すること(0943・47・2216)。 テント持ち込み一泊500円。なお、バンガロー等の利用もできる。
*道路下の駐車場はダム横の食堂(けほぎ茶屋)でお金を払う(一日1500円・一泊2000円)。

 最後に
 日向神の開拓は、基本的にFSCCの合資でボルト・残置ビナなどを購入してきました。これは全員一人ひとりの熱い思い入れでできたことと思います。なお個人的に出費したルートもたくさんあったが、今回はこの様な形で発表しましたのでよろしくお願いします。またFSCC実力No.1の大石英文氏のルートが一本もないのは寂しい気がします。やはり力のある人のルートはすばらしいものがあります。今後ぜひ作ってください。
 福岡山の会の高崎先生、当会の白水さんより多数の残置ビナを提供していただき、本当にありがとうございました。今後もルート開拓・エリア開拓の計画が多数あるので、チーム全員で楽しくやりたいと思います。
 

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